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當世四季之詠 冬之部
歌川豊国(三代)画 安政4年(1857) 国立国会図書館所蔵
 
 上の絵は、手前には芝居茶屋の光景が、向う側には後ろから見た舞台が描かれており、わかりにく構図です。舞台は常磐津節の舞踊劇「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」で、後姿の人物は、左から宗貞、小町桜の精の墨染、関守の関兵衛のようです。
 芝居茶屋の客は『偽紫田舎源氏
(にせむらさきいなかげんじ)』の光氏(みつうじ)で、軒端の提灯には源氏香の図があり、源氏絵として描かれています。
 
 芝居小屋では「積恋雪関扉」が上演されており、その幕間の芝居茶屋での光景のようで、食事が終わったらしく、客は爪楊枝(つまようじ)を使っています。膳の上には煮物らしい深鉢と、その手前に大きな鯛があります。鯛は頭と尾しか見えませんが、塩焼でしょうか。
 
 天明5年(1785)刊の『鯛百珍料理秘密箱』には、鯛の料理法が102種記されており、その中には現在と同様の生造鯛(いけづくりたい)もありますから、膳の上の鯛は生造かも知れません。
 芝居茶屋の料理の記録は少ないのですが、この錦絵の刊年安政4年(1857)より約80年前に、芝居好きの隠居した大名柳沢信鴻(のぶとき)の書いた『宴遊日記別録』巻1に、芝居茶屋での食事記録が49日分あります。49日間の食事回数は、朝、夕(昼)、夜を合わせて92回あり、その中で魚介類の料理法には汁、煮物、焼物、鱠があり、回数の多いのは焼物です。焼物では鰈の12回、鯛の6回が多く、甘鯛、海老、平目、鯵なども1、2回あります。
 鱠は全部で16回あり、鯛、鱸
(すずき)、細魚(さより)などが使われていますが、刺身の名は見当たりません。この例から推定すると、錦絵の鯛は生造鯛ではなく塩焼のようです。
注) 『宴遊日記別録』については、「江戸食文化紀行 美味探訪」より前の「江戸食文化紀行 芝居と食べ物」シリーズの、NO.8NO.9NO.10NO.11NO.12にあります。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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