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隅田川夜渉しの図
豊原国周画 国立国会図書館所蔵
 
 江戸時代の隅田川は水が清く、白魚の名所でした。『守貞謾稿』(1853)にも「白魚は江戸隅田川の名物とす。細かき網をもってすくひとる。夜は篝(かがり)してこれを漁(すなど)る。」とあります。
 白魚は白色透明で、全長10センチほどの細長い優美な姿の魚で、サケ目シラウオ科に分類されます。白魚はシロウオとも読み、これはスズキ目ハゼ科の魚で別種のものですが、よく混同されています。
 
 歌舞伎の「三人吉三」のお嬢吉三の名せりふ「月もおぼろに白魚の、篝もかすむ春の空」の白魚はシラウオで、早春に産卵のために海から川にのぼるので、夜は篝火(かがりび)を焚いて集め、四手網(よつであみ)などでとりました。
 上の錦絵の右端の船頭の後に、四角い四手網が見えます。四手網は敷網の一種で、川の中に沈めておき、時々引き上げて中に入った魚をすくいとるものです。
 白魚は隅田川の名物でしたが、白魚漁の中心は河口の佃島で、ここでとれた白魚を毎年将軍家に献納するのが恒例になっていました。『柳多留』に「佃島女房は二十筋かぞへ」の句があり、小さな白魚を一尾ずつ数えて売買したようですから、白魚は高級魚だったのでしょう。
 白魚料理には、酢の物、揚げ物、吸物などがありますが、『新撰会席しっぽく趣向帳』(1771)に、「白魚そばきり仕立」という珍しい料理があります。「白魚を煮上げ 花がつお おろし大根 浅草海苔 ちんぴ 唐からし そばきり汁を上よりかけ出す也」というもので、そばの代わりが白魚になっています。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
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