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歌舞伎座の2月昼の部の「どんつく」にも白酒売りが登場しますが、上の絵の三代目坂東三津五郎(1775-1831)も白酒売りの姿で、山川白酒と書いた団扇を持っています。
白酒は室町時代からありましたが、江戸時代には山川白酒、または山川酒とも呼ばれるようになりました。
山城国(京都府南部)の地誌『雍州府志(ようしゅうふし)』(1684)には、山の中の川は急流なので泡立って白く濁っているところから、白酒を山川酒と呼ぶようになったとあります。
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雛祭の酒は、『日本歳時記』(1688)には桃花酒(桃の花を浸した酒)があげられていますが、江戸後期になると白酒が用いられるようになります。
『江戸名所図会』(1829)には、雛祭前の2月の末に白酒を買う客で混雑する、江戸の神田鎌倉河岸の豊島屋の図があります。
明治44年(1911)の『東京年中行事』にも、「神田美土代(みとしろ)町角の豊島屋といえば、白酒では江戸の草分けで、幕府時代に白酒売り出しの間は、店頭一面に人止めの柵を作って雑沓を防いだということであるが、今なお節句前には当時の面影が見られぬでもない。」とあります。
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先日知人から、現在は移転して神田猿楽町にある豊島屋の白酒をいただきました。初めて味わう白酒は粘稠で甘く、「白酒をきれいに呑んだ鼻の先」「ねちねちと評判のよい白酒や」などの江戸の川柳が納得できる、ねっとりとしたおいしさでした。
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なお、白酒は味りんや焼酎に蒸したもち米と米麹を混ぜて1ヶ月くらい熟成させてから、もろみの飯粒をすりつぶした甘味が強い粘稠な酒であり、甘酒は米飯に米麹と水を混ぜて保温し、米のでん粉を糖化したものでアルコールをほとんど含まない甘い飲物です。
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