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宮戸川の図
一勇斎(歌川)国芳画  『魚づくし』組本社刊
川の中洲の葦(あし)の茂みの手前には鰻をとる漁師が2人、遠景には山が見え、辺鄙な地方の川のようですが、宮戸川は江戸の隅田川の下流の浅草川の旧名です。よく見ると葦の茂みの向こうには、川遊びにも用いられた屋根船(屋根つきの小船)が見えます。
『江戸名所図会』には浅草川について「隅田川の下流にして旧名を宮戸川(みやとがわ)と号す。白魚(しらうお)・紫鯉の二品をこの河の名産とす。美味にしてこれを賞せり。(うなぎ)(しじみ)もまた佳品とす。」とあります。
また、歌川広重の『名所江戸百景』の中に「浅草川・大川端・宮戸川」の絵があり、広重は宮戸川を浅草寺付近の流れと考えていたようです。
『江戸名所図会』には浅草川の名産の一つとして紫鯉をあげていますが、紫鯉は浅草川の河口付近でとれた美味な鯉をさすようです。鰻の名産地について『本朝食鑑』(1697年刊)には大略次のようにあります。「鰻は各地でとれるが、江州勢多の橋あたりでとれるのが第一で、宇治川・淀川・琵琶湖産もこれに次ぐ。江都(えど)では芝の漁市で販売される玉川(多摩川)産のものは大きくて味もよい。深川産は二・三尺余のものが上とされ、浅草川産には美味しいものが多い」。『魚鑑』(1831年刊)には、「鰻は河海交会(うみかわのあいだ)のものを上とす」とあり、隅田川の河口近くの浅草川は淡水と海水が交じり合う鰻の適所でした。
江戸中期の方言辞書『物類呼称』には鰻の項に「江戸にては浅草川深川辺の産を江戸前とよびて賞す。他所より出すを旅うなぎという」とあります。大川(隅田川)より西、御城より東の江戸城前面の地域を江戸前とよび、江戸前の海や川でとれる魚にはシラウオ・アジ・キス・サヨリ・アナゴなどがありましたが、代表的なものは鰻でした。なお現在江戸前は、江戸風の意味でも使われています。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
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