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やつしげんじ 雨夜のしな定め
歌川豊国(三代目)画 安政2年(1855) 味の素食の文化センター所蔵
 絵の題には「やつしげんじ 雨夜のしな定め」とあり、源氏絵とよばれるもので、右端の男性は柳亭種彦の『偐紫田舎源氏』の主人公光氏(みつうじ)として描かれています。
 「雨夜
(あまよ)の品定め」は『源氏物語』の帚木(ははきぎ)の巻で、五月雨(さみだれ)の夜に、宮中の宿直所(とのいどころ)に光源氏をかこんで、頭中将(とうのちゅうじょう)、左馬頭(ひだりのうまのかみ)、藤式部丞(ふじしきぶのじょう)があつまり、それぞれの女性論を話し合うものです。
 この絵では場所は遊郭で、左手の赤い台の上にある大皿、深鉢、塗物の箱に盛られた料理は何かわかりませんが、台の物とよばれて台屋から運ばれてくるものです。
 台の前にいる女性は食事中で、手前の飯櫃
(めしびつ)には黒塗りの杓子が入ったままです。右側の4人の女性は食事をすませたらしく、2人は爪楊枝を使っていますし、1人は火鉢で茶を焙じています。火鉢は獅噛火鉢(しがみひばち)で、獅子の前額部から前歯までの威嚇的形相の頭を、足や把手にとりつけた金属製の丸火鉢です。
 遊郭の女性たちは、どんな食事をしていたのでしょうか。『歴史公論』(1983年4月)に掲載された「遊郭の料理」(宮本由紀子)には次のように書かれています。
 「遊女には階層があって、上級の座敷持、部屋持は、3度とも各自の部屋へ2品ほどの惣菜を添えて、禿
(かむろ)という雑用係の少女が運び、多数の遊女たちは集って食事をした。遊女屋によっては2食のところもあった。食物は粗末で3年米とよばれる虫臭い古米を用い、惣菜も芋の煮物、小魚の干物ぐらいであったという。また芋がら、おからなどを混ぜた雑炊もあり、味噌汁には味噌は少なく塩を入れたという。このような粗食のため買い喰いをしたり、台の物の残り物にたかることも多かったようである。」上の絵の食事風景は華やかですが、実際の食事は粗末だったようです。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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